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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

雨上がりの晴れやかな気持ちと、ショパンとベトナム戦争

振り返れば、暗闇にいた時間があったなと、そんな遠い日を思うことがある。それは一見、非常に貧しかったり苦しかったりする話でもあるけれど、見方によっては、煌びやかで楽しい毎日であったりもする。それに、その暗闇の体験がきっかけとなり、その後の人生が素晴らしいものとなったりもする。

想像を絶するような暗闇を乗り越えたエピソードを持つ、素晴らしいピアニストがいる。ベトナム人のピアニスト、ダン・タイ・ソン(58)だ。彼は第10回(1980年)ショパン国際ピアノコンクールのアジア人初の優勝者で、私の1番好きなショパンの音色を奏でる演奏家でもある。


Chopin Piano Concerto No.1, Op.11, 1st movement (1/2) - Dang Thai Son

ダン・タイ・ソンベトナムの中でも裕福な方の家庭に生まれたが、その時には既にベトナム戦争が始まって3年が経っていた。彼は生まれながらに、ひとりの大戦の犠牲者なのだ。

ダン・タイ・ソンの家族は、戦争が激化するにつれ、望まぬ疎開生活を余儀なくされる。そしてとうとう、彼もピアノを弾けない状況に立たされてしまう。そこで彼はどうしたかというと、疎開先や、防空壕の中で紙に鍵盤を描いて練習していたそうだ。

一体彼はどんな思いで、振動も圧も音もない鍵盤の感触を、暗闇の中で確かめていたのだろう。ピアノのメロディの代わりに聞こえてくるのは、爆撃や恐怖に震える声だったかもしれない。それに、ピアノを弾いても周りには観衆もいないし、そんな舞台もない。

もっと言えば、どんなにピアノを頑張ったって、今後、浮かばれる未来はどこにもないかもしれないにも関わらず。ベトナム戦争は1955年に始まり、終焉したのは1975年。彼が16歳の時だった。

その5年後、ショパン国際ピアノコンクールという世界中のピアニストが憧れる舞台で優勝した時には、彼はどれほど浮かばれた思いになっただろう。彼のその時の、雨上がりの晴れやかな空のような気持ちを思うと、感情移入せずにいられない。

さて、彼はどんな演奏をするかというと、楽譜に忠実で、着色をあまりしないように思う。 基本的に演奏家というものは、楽譜や作曲家の情報から曲の意図を汲み取って、自分の心に落とし込み、その類稀な技術に練習を重ねて仕上げていく。そのなかで、自分なりの特徴的な表現や理解を出していくのが演奏家の「やり方」である、と私は思う。

特に、ショパンのピアノは叙情的で詩的なので、演出の細工をしようとすれば、分かりやすくロマンチックで激情的な音色になったりするのだが。

だから私はショパンのピアノについて、モーツァルトよりも、ベートーヴェンよりも(そりゃあバッハよりも)弾き手の「らしさ」を出しやすいし、感情の表現をしやすいと思うのだが、ダン・タイ・ソンという人は、ショパンのピアノについては、あえて、着色を殆どしていないように感じている。

きっとダン・タイ・ソンは、ピアニストとして、人間として、ショパンらしくあろうとしているのではないだろうか。そして、もしかすると、ロシアに祖国ポーランドを支配され、政治的動乱に人生を巻き込まれ続けていたショパンの生い立ちに、彼は自分の人生を重ねているのではないだろうか? それゆえに、ショパンの旋律やメロディに「着色しない思想」があるというのならば、なるほど頷ける。

ところで、私がダン・タイ・ソンの弾く曲の中で1番どれが好きかというと、「ピアノ協奏曲ホ短調第1番」。ショパンやクラシック初心者の方にも何かと「分かりやすい」と思うし、物語のような展開が有って聴いていて楽しいのでオススメだ。

ピアノ協奏曲ホ短調第1番は、ピアニストが独奏し、それをオーケストラが盛り上げるスタイルの曲で、第1、第2、第3楽章で構成されている。ショパン国際ピアノコンクールの決勝戦(ファイナル)の課題曲にもなっている。

なので、ショパンを愛する人々にとっては「定番」と言ったポジションの曲でもあり、大事な曲でもある。このブログを読んでショパンダン・タイ・ソンに興味をもってくださった方はぜひ、聴いてみてほしい。ピアノの演奏はなかなか始まらないけれど、頑張って我慢して聴いて欲しい。

なぜならーー。4分近くの荘厳なオーケストラの演奏が終わった後に、やっと始まるピアノの独奏は、これ以上の胸の高まりはないと言えるほど甘美で豊かな音の移ろいで、さっきまで鳴り響いていた重厚な音を忘れさせてしまう世界観を感じさせ、更には、長い暗闇から解き放たれた、あの時の空のような、晴れやかな気持ちを思い出すことが出来るから。


Chopin Piano Concerto No.1, Op.11, 1st movement (1/2) - Dang Thai Son


Chopin Piano Concerto No.1, Op.11, 1st movement (2/2) - Dang Thai Son


Chopin Piano Concerto No.1, Op.11, 2nd movement - Dang Thai Son


Chopin Piano Concerto No.1, Op.11, 3rd movement - Dang Thai Son

昨日の声、遠い土地、違う国

異国に想いを馳せることが多くなりました。いや、その余裕を持てるようになった、との表現の方が適切かもしれません。

仕事の関係上、違う国にいる仲間と電話で会議をよくするのですが、そのために、彼らの居る場所の時差を考えながら、互いにスケジュールを提案し合い、調整します。

例えば、日本とサンフランシスコなら、「日本時間午前9時、西海岸時間午後5時はどうですか?」と言った感じで(そこにロンドンやシンガポールシドニーの仲間が入ってくると、もうごちゃごちゃになりますが)。

指定の時間に電話をかけると、互いの国の時間帯が違うからなのか、「おはよう」でも「こんばんは」でもなく、「Hello」か「Hi」と皆決まり文句のようにまず挨拶をします。 こういう所がこの言語の素晴らしく便利で、合理的なところだと、最初の頃はとても感動していました。

今では流石に慣れが生じて、外国の方を恐れたり怖がったりすることもなく、会話の途中で(アメリカは−16時間だからまだ過去、シドニーは+1時間、ということは未来なのか…)といつも通りに(?)、いちいち感傷的になれるようにもなってきました(毎回ポエティックになるのは私らしくて、それはそれで面倒なのですが、しかし、どの言語を聞いていても、私は私で居られるのは有難いことです)。

ところで、海の向こうの過去から呼び掛けられる声って、何だかとてもロマンチックだなと思うんです。そして、その会議に参加している人間だけが、広大な場所と時空を行き来する感覚を味わえるだなんて、とても贅沢だと感じませんか?

私は全くと言っていいほど海外旅行へ行った経験が有りませんが、こういう機会を得て、初めて外の世界に興味を持ちました。また1つ、新たな価値観を手に入れられたような気がします。

さて、昨日と一昨日は、長く一緒に仕事をしていたアメリカの方が仕事を辞められるというので、彼と一緒にオンラインで彼の残りのタスクを片付けるような作業をしていました。 来週はアメリカ独立記念日で、時期的には夏季休暇(バケーション)にあたるので、このタイミングに合わせて他にも辞められる方も多いのかもしれません。

棚卸しの作業の中で、ふと、数年前の自分は、英語をテキストに起こすことすら、「I」の後に何を記せばいいか全く分からず、よく固まっていたのを思い出しました。 同時に、この長い期間に、彼から英語も仕事も全て教わっていたようなものだと、そこで初めて気づき、ハッとした気持ちになりました。

兎に角、一から私に教え込むしか、方法がなかったのかもしれませんが、彼と私が、父と娘くらいに歳が離れているため成り立っていた関係性かもしれないとも思います。

今、日本時間ではもう土曜日の昼ですが、アメリカ時間ではまだ金曜日の夜です。今頃向こうでは、TGIFが開かれている頃でしょう。

彼はいつも、アメリカ時間の木曜日に「良い週末を」と言ってくれるとても優しい方でした。 私は、彼のような、優しさのために知性を使える人間になりたいです。

食べログの代わりに

古い飲食店や酒場を日々探し歩いている私は、あまり食べログを参考にしません。じゃあどう店を探すかって?今日はそういう話をします。

先日「週刊朝日」で池波正太郎松本清張の担当編集をしていた重金敦之さんの本を3冊買いました。「美味探求の本」「作家の食と酒と」「食の名文家たち」です。

大体どんな内容の本かというと、彼が仕事で関係の有った作家の好物や行きつけの店、その作家とご飯を食べた時の思い出、小説に描かれる食事のシーンについて詳細に書いてあります。
私はこういった読み物が好きでよく見ているのですが、これらは他の人にとっての食べログの代わりになっていると思います。

たぶん多くの方は、美味しいお店を探す時、行きたい店を探す時、食べログを見る方が多いと思います。けれども私は、さっきあげたような本を開きます。読んで気になった場所へ行ってみています。

例えばどんな店へ行くかというと、小林秀雄が通った山形料理屋「樽平」だとか、永井荷風が好きなどじょう屋「駒形」だとか、そういうのです。

そういえば、前に行った開高健の指定席の有るバーはとても良かったです。彼の勤めていたサントリーが赤坂にあった頃の社屋の近くの店で、なんてことないビルの地下へ潜ると、なんというか、年季のある男のような、たまらなくかっこいい雰囲気が広がっていました。

こういうお店は作家が味や店の居心地を保証しているだけあって、ただ訪れるだけでも十分に満足できます。
それに、その時代に生きた作家の視点を借りてお店を楽しむこともできるし、物語にお店が出ていれば、フィクションの中のノンフィクションとしても眺めることもできる。何より、彼らが生きた時代から今なおそこに店が在るということに、恍惚とした思いを感じずにはいられません。

作家が通っていない店も、というと何だか変な表現ですが、そういう店も色々と行きます。戦後ドヤ街に生まれてから今なお営業している焼き鳥屋だとか、地元の市場の人たちが通う食堂に、サラリーマンに昔から愛されている居酒屋などなど。

そんなお店をどう探すかというと、例えばグラフィックデザイナー(で居酒屋探訪家)の太田和彦さんの本だとか、日本文化を研究する早稲田大学のマイクモラスキー教授の本だとか、あとは私と同じように古くて良い居酒屋が好きな人のブログを読んだり、知人に同志がいれば飲みながら(ここ重要)情報交換をして探します。
もし可能であれば、酒場の主人に聞くのもお勧めです。お酒が好きな人の通うお店はだいたい良い。地方の良い酒場を教えてくれたりします。

その街とそこに居る人々に、時間を掛けて馴染んでいった店が好きなんです。そこには「場」があるでしょう。急にやってきては去っていってしまうような、新しくて騒がしい店にはない情緒や趣きがあります。

こういったお店を愛せる人も大好きです。こういう大事な店が無くなってしまうまで、同じ時代を一緒に生きてみたいとすら思ったりします。

ただ、古くからある店は閉店していたり、営業時間が短かったり、住所が分からなかったり、外観が街に馴染みすぎて見つけられなかったりする。そんな時に食べログを見ます。そういう意味で食べログはすごく便利だし、助けられています。

さて、こういう店は好き嫌いはあるけれど、だいたいハズレがないんですね。私をはじめ、我々のような人にとっては。けれども食べログを見てみると、口コミが書かれていたとしてもほんの数件だったり、点数も結構低かったりするんです。

食べログというのは、「(飲み会やデートの場に設定された店の評価が)3点以下は理由がほしい」なんてどこかで言われたりするように、多くの人にとっては、集合知に裏打ちされた情報によって、安心できる店選びをするためのツールです。

安心できる、という言葉を解体すれば、食べログの点数の評価基準となっているコストパフォーマンス、味、雰囲気ということになるのでしょうが、その3点を皆でいかに価値共有できるかどうかに重点をおいて、調べたり投稿したりしているんだと思います。

ですからまあ、古い酒場に行くような人は皆がいいと同意してくれる店を選ぼうだとか、それを共有しようとしないので、そもそも食べログにあまり書き込まないですし、逆に食べログのヘビーユーザーたちは、ただ切って並べた冷やしトマトやきゅうりの漬物に喜びを感じなかったり、所謂「汚い」居酒屋に不快感や居心地の悪さを持つ人もいたりするわけで、口コミが少なかったり点数が低くても仕方がないんです。

けれども私は「場」だとか、考古学をやるように歴史を辿るのを重きに置いて探してしまっているし、なんだかんだで作家や同志がコストパフォーマンスも味も雰囲気も大体保証してくれているので、食べログの点数なんて殆ど関係ない。同じようなものを好きな人の情報が重要なので、他の人の声は気にならないんです。

ですから、たまに「こんなものでこんな料金を取るなんて信じられない!」なんて口コミが書かれていたりして、点数は2.7点なんて店でも「まあ理由は分かりますが、そういう人も居るでしょう」という感じでさらっと受け流すことができます。

皆の意見を気にしたり、参考にして、安心できる暮らしをするのもある種の戦略かもしれませんが、信用できる人の声だけ聞いて生きてみても、意外と自分にとっては充実した人生を過ごせると私は思います。たとえ見える世界を狭くすることになろうとも。

街角のフリーペーパーは、ポップアップウィンドウに似ている

就職活動で「学生時代はフリーペーパーを作っていました」なんて言うと、「あー、うん、なるほどね」となんとも言えない反応をしたりされたりするようですが、あれは何なのでしょうね。

フリーペーパーが悪いわけでも、学生の作るフリーペーパーが酷いわけでもないし、フリーペーパーを作っていたことは全く憎まれるようなことではないと思うのですが。

もし「学生がフリーペーパーを作る」行動や現象にマイナスの印象を持たれているからだとすれば、昔から多くの学生が総じてやって来た活動であるためというのが理由でしょうか。 けれども、貴方や私達だって、近くの大人や、前任者の事例をこれまで何度も踏襲してきたではないですか、などと考えてしまうのですが。

しかしながら、そんな自分たちを正面から認められないようにして、過去の真似事をしているように見えなくもない学生にいい印象を持てない気持ちも、分からなくもありません。

ところで、私は街で良いフリーペーパーに出会うと、下足箱にラブレターが入っていたのに気づいた時のような、なんだか嬉しくて恥ずかしい思いになります。

それは、ネットにあるサイトの、特定のページの中にしか設置されていないポップアップウィンドウを開いた時のようでもあります。そのページへ遷移したユーザーだけのためにあるコンテンツって、なんだかロマンチックだと思いませんか?

ネットでサイトを見ている時に、そういうウィンドウが立ち上がると、こんな私のようなユーザーのために、こんな所まで丁寧に気を使っていただいて…と嬉しさと申し訳なさとでなんともいえない恍惚とした、そして照れくさいような気持ちに私はなるのですが、街角でいいフリーペーパーを見つけた時も、同じような気持ちになってしまうんですね。

大抵の本や雑誌は、本屋や図書館へ行けば、あるいはamazonを開けばそこに大体置いてありますが、フリーペーパーはそうはいきません。 あるべき場所にしか、置いてないのです。例えば、東京都港区の広報誌「広報みなと」は港区の配布するフリーペーパーですが、港区のいかにも公的な場所にしか置かれていませんし、世田谷区や他の都道府県ではなかなか入手できません。

ひとつそんなフリーペーパーで私の好きなものを紹介しますと、東京都交通局のPR誌「ふれあいの窓」です。都営地下鉄の改札脇などで手に入れることができる月刊のフリーペーパーで、毎月東京都の色んな街やエリアを特集/紹介しています。

その場所ならではのイベントや施設、グルメ情報を綺麗な写真とともに掲載しており、それらはもちろんとても良いコンテンツなのですが、私の1番のお気に入りは別にありまして、それは、お笑い芸人・中川家礼二さんへのインタビュー「都営交通 出発進行」です。

この企画は、このインタビューページの前にある「都営交通の現場」という、都営交通にまつわる豆知識だとか取材をするコンテンツと対になっています。毎号、その都営交通の現場の企画に関する話題を礼二さんに振って、お笑いの芸になぞらえて返してもらうという、ちょっと捻った企画です。

つまりどういうことかというと、今号の都営交通の現場は「都営バス運転手の新人研修」がテーマだったのですが、それを受けて礼二さんには「芸人さんの世界での研修や訓練はというとどのような形になりますか?」「運転の仕事の場合、事故になりそうになったヒヤリハット情報を参考にしますが、仕事でヒヤリとするのはいつですか?」といった具合でインタビュアーが質問します。

このインタビュー、礼二さんが本当にいい返しをするんですね。普段ネタで運転士のモノマネをしているから、誌面でもふざけるのかと思いきや、本当に真面目に芸の道について真っ直ぐに回答するんです。

たとえば最初の、芸人における研修や訓練についての質問なら「舞台で場数を踏むのが1番ですけど、訓練としては、僕は今でも人の芸を見ますね」なんて答えるんですよ。全く笑かそうとしないんです。 こんなに真摯なのは、たぶん、モノマネはしているけれども、彼の根底には鉄道の仕事に就く方への尊敬があるからなんだと思います。そこが本当にいい。

もしかすると、まだ東京の街と東京都交通局とお笑いが好きな私くらいしか見つけられていない街角のポップアップウィンドウかもしれないのですが、皆さんぜひ見てみてください。サイトからも閲覧できるようですが、ぜひ冊子を手にとってみてほしいです。

フリーペーパーに限らずとも、担当者や編集者による、読者や媒体への想いや尊敬が感じ取れる企画って本当にいいですよね。私もそういうページや場所をいつも作っていたいと思います。大事にすべき人を大切にできるような、そういったものを。

そういえば、明日もお気に入りの雑誌の発売日でした。明日が来るのが、楽しみです。

ベートーベンのような人と、映画の中のショパン

世の中には、一緒にいると巻き込まれそうになる人と、誘われてしまいそうになる人といる。

前者は、マイナスの感情は怒号、プラスの感情は大笑いといった感じで激情的に表現するし、「誰かに伝えたい」との思いで聴衆を前提としたアクションをするので、近くにいるとその旋風に巻き込まれそうになる。

まるでベートーベンのピアノのようで、ゆっくりと弱く弾いていたと思ったら、いきなり力強く速い曲調へと変わるのに似ている。ベートーベンの音楽を聞くといつも圧倒されてしまうのだが、一緒にいると巻き込まれそうになる人にも同じものを感じる。

 


『4デイズ』予告編

 

アメリカのサスペンス映画「4デイズ」ではベートーベンが使われていた。4デイズは、アメリカの各所へ核爆弾を仕掛けたイスラム系テロリストに、サミュエル・L・ジャクソン演じる拷問のプロフェッショナル“H”が尋問をし、爆弾の在り処を問うという物語。

 

Hの尋問はそれはもう過酷で、殴るわ蹴るわ、電流を流すわ、しまいには指を全て切り落としてしまう。それでも吐かないテロリストに、飴と鞭を効果的に使うため、癒しの音楽として聴かせるのが、ベートーベンの「悲愴ソナタ」だ。頑なな思いを、ベートーベンの強烈な音楽性によって無理やり解放させるためだろう。

 


Beethoven Pathetique Sonata - 2nd mov 「悲愴」2楽章 Eric Heidsieck

 

一方で後者の「誘われてしまいそうになる人」は、プラスの感情もマイナスの感情も星のまたたきのようにささやかで、儚げな人だ。だからなのか、その笑顔や言葉のひとつひとつに癒やされたり、寂しそうな表情にこちらまでため息をついてしまいそうになる。

 

前者がベートーベンなら、こちらはショパンの音楽のようだと思う。音階や強弱の幅は広く、曲調の変化は大きくとも、全ての流れがとても自然なのだ。

だから話を聞いていると、その話し方(旋律)次第で、恋をするようにうっとりしたり、胸が張り裂けそうな苦しみを感じたり、憂鬱さや悪夢に嘆息が勝手にもれていたりする。

ショパンの音楽は、聞き手の感情を誘うような音をしている。

 


An angry President Nixon meets with his Cabinet

さて、劇中で使われるショパンの曲を紹介する。アメリカ大統領リチャード・ニクソンの人生を描いた映画「ニクソン」だ。

 

ショパンの「ワルツ10番 69-2」と「マズルカ 23番 ニ長調 33-2」が掛けられる。オリバー・ストーンが監督で、ニクソンアンソニー・ホプキンスが演じている。

 

ニクソンは、ケネディ時代に始まり(ケネディが始めた)泥沼化したベトナム戦争を終わらせようと奔走した大統領だ。しかし、世論は彼を支持しない。ウォーターゲート事件をはじめ、ケネディに比べ明らかにされた闇は多いけれども、評価できる点はあるにも関わらず。また、彼の生まれは貧しく、苦学して政治家になったという背景がある。

 

映画の中でニクソンは、自分の報われない人生を憂う時、ひとりたそがれ自室でウイスキーを静かに呑む。救われない人生の中の唯一の喜びを噛みしめるように、娘の結婚式で少しはにかむ姿を見せたりする。

そんな彼の嘆きやちょっとした笑顔は、彼の小さなため息がそっと漏れるようにして伝わり、映画を見ている者の心の奥底まで伝播する。

 

そういう所がショパンの旋律と似ている。つまり、ニクソンの哀しみ、時に見た光がショパンの曲調と見事に調和する。ショパンの音楽はこの映画にぴったりなのだ。是非映画を見てみてほしい。

 


Evgeny Kissin - Chopin Waltz No 10 In B Minor, Op 69, 2

 

 


Chopin : Mazurka Nr.23 D-Dur Op.33 Nr.2 - Vivace (Audio, 320Kbps)

 

ベートーベンとショパンの音楽はどちらも魅力的だが、曲調の違いから対極にあるなどと言われているし、ベートーベンの性格が偏屈ならば、ショパンは神経質と言って比較される。

ベートーベンのような人と、ショパンのような人。ショパンの方が好きだけど、ベートーベンも嫌いじゃない。

口に出して言っても、言わなくても

大切な人に思いの丈を打ち明ける時、家族や仲間に感謝を伝える時、大事な思い出や作品について語る時、どこから話して、どこまで伝えるかとても悩む。

悩んだ末、私は言葉をかなり削って伝えるタイプだと思う。ハードボイルドの見過ぎか、文字数に制限のある世界に居過ぎたか、ただ恥ずかしがり屋であるせいなのかは分からないが、限られた文字で伝えたい言葉を作ろうとする。

本人としては一応、言葉で語られない世界に気持ちを託す意味でやっている。何かを言葉にしようとしたその瞬間、言語化できずにこぼれ落ちるものがあるとよく言うが、そういうのを含めるため、余白を設ける代わりに削っているつもりだ。

こういう話し方は、あまり女っぽくないと言われる。女は口数が多いなんて言説を受けた意見だとも少し思う。けれども、確かに女の人には「もっと分かりやすく説明して」だとか「美波は何を考えてるのか分からない」とよく注意をされるし、その通りなのかもしれない。

映画「マイ・インターン」で共演したアンハサウェイとロバートデニーロが、作品について語り合う対談動画を最近視聴したのだが、これを見た時、「(私の話し方は男っぽいのかもしれないなあ)なるほど確かに」という気持ちに追い打ちがかけられた。 www.vogue.co.jp

ご覧いただければ共感して貰えると思うが、2人の口調があまりに対照的で、男女の語りの比較をしている気分になる。 アンハサウェイは、多くの言葉を使って気持ちや状況を具体的に説明しようとするが、デニーロは言葉を選んで短いセンテンスで抽象的に話そうとする(彼の言葉は会話のためのそれというより、詩のようでもあった)。どちらも言いたい事は伝わるが、言葉の使い方が全く異なる。

ところで、ジャズには「バース」と呼ばれる、簡単に言えば「イントロ」のようなものがある。本編の前に演奏するためだけに、作者が作ったメロディや歌詞のことである(ただ、後から誰かによって作られるケースもあるし、定められたバースを無視して自由演奏されるケースもある)。 ジャズは自由な音楽だ。だから(というのも少々強引な解説だが)演奏者は状況に応じてバースを無視してしまっても良い。

例えば、有名な「Fly me to the moon」はバースを省略して歌われることが殆どだ。歌い手は「Fly me to the moon,let me play among the stars?」といきなり歌い始める。私はこの曲で言えば、バースを省略して歌うタイプなのだと思う。


Fly Me To The Moon - Frank Sinatra

ではその削られたバースとはどんなものか。 本編は好きな人に「月へ連れてって」「木星の春を知りたい!」と伝える楽しげな調子の歌詞であるのに対し、バースは「Poets often use many words to say a simple thing(詩人は単純なことを伝えるために色んな言葉を使う)」「For you I have written a song,to be sure that you know what I'm saying(貴方のために歌を作ったのだけど、貴方ならきっとこれで分かってくれるはず)」などと、大事な思いを伝える前の不安な心境を、そのまま語ったような歌詞になっている。実に対照的である。


Tony Bennett - Fly me to the moon ( with Lyrics)

そういえばこの曲について、ジャズピアニストの友人が「バースを聴いて初めて、なぜ(本編が)短調の音で始まるのかが分かった」と言っていた。表面上は明るくて愉快なことを言っているけれど、内側にはとにかく心配で仕方がない気持ちがあるから、始まりは哀しい音階になっているのかもしれない。

ちなみに、「Fly me to the moon」の原題は「In other words」だったりする。本編の曲の中では何度も「In other words」が繰り返されるが、バースにはそれがない。そして、その言葉の後には必ず「hold my hand」だとか「I love you」と直接的な願いや思いが歌われる。 こうして比べると、バースは誰かの心の中の音楽で、本編は誰かに聴かせるための音楽に見えてくる。

「ちゃんと言葉にしないと何も伝わらない」と考えて、思いを全部言葉にして言おうとする人もいれば、裏打ちされたメッセージに気持ちを込めて、短いセンテンスで話す人もいる。 ジャズで言えばバースにあたる心の内を、口に出して言っても、言わなくても。大事なことは「つまり」の先に隠されていると思う。

男だったら良かったのに

時折、なぜ私は男でなかったんだろうと悔やむことがある。いや、生まれ持った性について、深く悩んでいるわけではない。社会に不満を持っているわけでもない。けれども、ふと、そう感じてしまう時があるのだ。


例えば、夜遅くに仕事が終わって一杯飲みたいなという時。バーへ1人で行って、ウイスキーをストレートで飲んでみたい。そういう時は、男でありたい。
「毎日毎日仕事に追われていたけれど、今日はやっとひと息つける。そうだ、お気に入りのあのバーへ行こう」なんて思って、銀座へ向かい、目立たないビルの階段を下り、地下の重い扉を明けて、マスターに「久し振りですね」と迎えられたい。孤独を背負って、何かに打ちひしがれながら、薬っぽい味のウイスキーを舐めるように嗜みたい。

けれども、私みたいな若い女がそれをやっても、全く格好がつかないだろう。誰かのマネをして格好をつけているだけに見えそうだとも思う。
それに、女に生まれたからには、オーセンティックなバーへは男性に招待してもらって行くべきで、決して女一人では立ち入るべきではないのでは?なんてことも考えてしまう。だから、出来ない。つい、「男だったら良かったのに」と呟きたくなる。


これは考え過ぎかもしれないが、大衆酒場へ1人で入って、近くの男性客に「お姉さんひとり?」なんて声を掛けられてしまった時も、私はなんで男でないのだろう?と悔しくなる。
私は酒場が好きだ。だから、客の1人としてお店にすんなり馴染みたい。なのに、同じ客から声をかけられてしまったということは、きっと私はこの場で浮いているんだろうなと、がっかりした気持ちになる。

しかも、こういった声掛けをしてくる方の相手は不得意で、どうもうまく対応できない。会釈くらいで済ませられればいいのだけれど、相手をしないと逆上する人も中にはいて、お店の空気を悪くしてしまうことがある。私に非はないと思いたいが、私が居るせいでもある。女性として認識されてしまったことを、私が女であったことを、なんだか申し訳なく思う。

いくらマニッシュな格好をしても、化粧を薄くしても、香りをつけなかったとしても、たくさんの男性の中に女が1人紛れ込むなんてのは、凄く難しいことなのかもしれない。


なんだかんだ言って、男だったら良かったと1番強く思うのは、私の目の前で女性が泣いている時だ。

女友達に辛いことや悲しいことがあったと言って、相談に乗っているうち、言葉につまり始めて、おうおうと涙を流されてしまったりすると、ふと、目の前の彼女を支えてあげられるような度量のある男になって、黙って抱きしめてあげられたらなあ…なんて気持ちになる。女の私には、ただただ、優しくしてあげることしかできない。こういう時、女は無力に思えてくる。

とは言っても、仮に自分がその号泣してる女の子の立場だったとして、そんな男性の存在がいたら、溶けるような気持ちになるし、しばらく心を奪われてしまうだろうなとも想像できるので、私は女で良かったなあ、とも。


しかし、1人バーでウイスキーを飲むような孤独の似合う男や、哀しみに暮れる女性を強く抱きしめられる男になってみたいという欲望は、もしかすると、ただの憧れや焦がれなのかもしれないと思うと、ちょっと恥ずかしい。