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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

おやつに何を読みますか


 本を読んでいると、気分転換に本を読みたくなることがあります。

 読書の合間に読書、全然やっていることは変わらないないんですが、感覚的には、ほんとうにおやつを食べるときみたいに、ちょっと疲れたからとか、甘いモノが欲しくなってとか、そういう感じで気晴らしに読むんです。分かる人には、分かるでしょう?

 私は最近、おやつに小泉武夫さんを読みます。

ぶっかけ飯の快感 (新潮文庫)

ぶっかけ飯の快感 (新潮文庫)


 今読んでるのは「ぶっかけ飯の快感」という本で、これがまた良いんですね。内容はというと、やれ猫飯だの、コンビーフ丼にイカ刺し丼だの、ちょっとお下品だけれども、「こんなのぜったいうまいじゃん」と思うような料理の話が、つらつらと何十本も書かれているんですよ。例えば「猫飯が大好きだ。丼にご飯を七、八分目に持って、さまざまなものをぶっかけてガツガツと食らうアレですが、一番簡単で素朴感のあるのは味噌汁をかけ、削り節を散らしたものでしょう。」という調子で、飯の話が永遠と続く。もうね、たまりませんでしてね。

 読んでいると、必ずお腹がグーグー鳴ってくる。「うまそう」だとか「明日これを食べよう」だとか、ぼつぼつ言いながらページを捲るのが楽しくて仕方がない。今は半分ほど読み終えたところなんですが、大好物を食べている時の終盤戦、残り少なく勿体無くて、ひと口が小さくなるのと同じように、読むペースが遅くなってしまうくらいでですね。

 でもですね、小泉さんの本のように「あ、おやつ食べよー」と思って読む「おやつ」以外にも、「勝手に手が伸びていて、袋を開けて、気がついたら食べていた」みたいなのもあると思うんです。学者の論文の合間に、政治記者のエッセイを読むとか、そういう感じです。

 例えばマラソンをしていて、少し息が上がってきて、でも止まりたくないからペースを緩めて走ってみようかとか、方向性を保ってですね、一応目線はゴールに向けたまま、頭ではなく体の感覚で物事を選択する、という感じですね。誰かこの感覚、分からないかなあ。

 と思ったら、知人が「ダン・シモンズハイペリオンの合間に、ディックの短編」というふうに、長編SFの合間に短編SFを読むと共感してくれました。そうです、たぶんそういう感じです。

 ああそうそう、ちなみにですが