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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

「人類の夢っていうのは、発見される前の貝塚みたいなもんだからね」

幼い頃、「未来は幸せでありますように」と呟いてから、毎晩眠りについていた。

 

未来に思いを馳せる時、今から飛躍したことを求めがちである。貧乏は金持ちに、ブスは美人に、いじめられっ子は人気者に、ビリッケツはナンバーワンに。「いつかきっと」と願いながら、自分ではない誰かとなるのに夢を見る。そして、同じ明日が来るのに落胆するのを繰り返す。それが日常茶飯事、いつものことである。

 

日本もまた、「いつかきっと」と夢見ている。「Googleのような企業が、日本からも出てきてほしい」「欧米のように、日本も先進的な技術を取り入れるべきだ」と、未来を歩むほかの国に、憧れながらも「変わらない」「変われない」自分たちに、嫌気を差す。それが日常茶飯事、いつものことである。

 

「いつかきっと」来る未来は、どこにあるのだろうか。

 

 

川田十夢さんと寺山修司さんが会話していたところに、タイムラインでたまたま通りかかった。夢は発見される前の貝塚に似ていると聞き、自分の足もとを、試しにほじくり返してみた。すると、未来がある場所のヒントが、見つかった。

 

 

 そうと分かれば、知識と経験を山のように積み上げて、誰よりもすごい、自分だけの貝塚を作るしかない。色んな本を読み、色んな人に会い、色んな仕事をし、色んな話を書くのだと、ちょっとだけ未来に近づいた興奮で、空回り仕掛けていた――

  

そういえば、私の好きな人たちは、「いつか」ではなく、「いつも」未来を歩いている。「AR(拡張現実)」を自在に操り、「夢」を実現する川田十夢さんは、「未来は“ここ”にある」(自分の頭を指差して)と言い、テクノロジーとクリエイティブを掛け合わせ、「ヤバい」作品を作り続ける”ウルトラテクノロジスト集団”チームラボは、「We are the Future!」と叫ぶ。そして、甲本ヒロトは、「未来は僕らの手の中」と歌い上げる。

 
彼らのメッセージを改めて並べて見て、「待てよ」と思った。動きを止めて、目を閉じて、貝塚の場所を、探してみる。暗闇と虹色が交差する、頭の中を、泳いでみる。心当たりのある場所へ、行ってみる。「、、そうか」。いつも文章を書く前に飛び込んでいた、意識の海の中に、私の貝塚は、見つかった。小さいけれど、ちょっとだけ立派なものが、既にできていたのだった。
 
それならば今ここで僕等何かを始めよう」と、ブログを書いた。