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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

澄んだ青空を閉じ込める、煙について

「ごめん。たばこ、吸っていい?」

「いいよ」
「美波ってこう言う女の子嫌いでしょ?ありがとう」
 
女友達と、久々に会った。いつしかたばこを吸うようになっていた。社会の“もや”にかかり、身も心も灰色に染められているかのようだった。
 
彼女はギリギリまで、たばこを吸うのを我慢し、その気持ちを私に隠していた。堅物な私に知られたら、叱られる、嫌われる、とでも思ったのかもしれない。そんな私の前で我慢することで、純白な頃の自分を、私の記憶の中に残しておきたかったのかもしれない。
 
真面目な人間をやっていると、息が詰まる。いつもちゃんとした女の子では、いられない。詰まった息を吐き出すようにして、彼女はたばこの煙を吐く。私との間に、一瞬だけ、“もや”がかかる。それを見るたび、彼女の未来が早く晴れるといいなあと、思っていた。
 
 
後ろめたいことをすると、誰かや何かを裏切ってしまった気持ちになる。たくさん働いて疲れたからだとか、人間関係が辛いからだとか、何か理由をつけて、罪深いことをする。それに対し、現代人は個人主義的だから、「こんなことをしたら世間が何と言うか」という、恥の意識こそ薄れつつあるが、罪の意識はしっかりと、心のずっと奥の方で感じている。そんな自分が情けなくて、不甲斐なくて、突然溢れ出す涙は、そこからやってくると思う。「自分でも吸うなんて思ってなかったんだけど…」と懺悔する彼女の目には、うっすらと光るものがあった気がする。
 
 
個人主義といえば、民族や血のつながりを重視する中国人は、資本主義社会における熾烈な競争の影響で、「自分さえよければ」という、ある意味で個人主義的な価値観を大変強めてしまった。だが、近年、経済的に豊かな中流階級の人々が、自分の幸せのために「稼いでも稼いでも満たされない」と、虚しさを感じ始めていると、NHKがドキュメンタリー番組で報じていた。その心の隙間は、儒教キリスト教など、宗教で埋められようとしているらしい。
 
生まれた時から競争社会に晒されてきた彼らは、幸福は勝者だけが掴み取れるものと信じていた。周りの人間は皆、家族や友人でさえ、敵だった。だが、その価値観では満たされないのに、ついに気づいてしまった。そこで、師の教えに習い、過去の罪を懺悔し、親孝行だとか、隣人愛を実践する。人の優しさに触れて、感動のあまり泣き崩れる人も、番組では映されていた。競争社会に耐えようと、奥底に閉じ込めていた繊細な心が、解放されたのだろう。そうして人生を見つめ直し、人と人との関わり合いの中で、本当の笑顔を取り戻していく。
 
経済成長の犠牲となった中国の空気は、排気ガスの影響で汚く、青空が見えないほど霞んでいるだそうだが、いつか綺麗になる日が来ると、信じたい。
 
 
ところで私は、殆ど毎週、花屋に通っている。店主と一緒に花を選んでいる時も、持って帰る時も、生ける時も、自然と笑顔になる。それがたまらなく幸せで、好きなのだ。しかも花は、空気を綺麗にしてくれる。そして花は正直で、澄んだ水と空気、光がないと、すぐに枯れてしまう。その分かり易さが、すごくいい。だから私は、花のためにも、それらに囲まれていないといけない。空は、綺麗な方がいい。
 
小さな幸せと、小さい不幸せを、なるべくいっぱい集めたい。花瓶に水を、あげようと思う。