読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

「きっと懐石料理って、わたしはひどく憂鬱な人が作り上げたものだと思う」

ぼんやりと哀しい気持ちになると懐石料理を食べたくなるのは、村上龍の「希望の国エクソダス」を読んでからだ。
 
 
主人公のテツと、彼女の由美子が懐石料理を食べるシーンがあるのだが、テツが「(病院食みたいに)味が薄い」と正直にコメントすると、由美子はクスッと笑い、「がーっとカルビを食べて、がーっとビールを飲むとか、そういうのとは対極にあるのかも知れないよね」と語り始める。この描写がすごく好きなのだ。
 
「きっと懐石料理って、わたしはひどく憂鬱な人が作り上げたものだと思うんだけど」「何て言うのかな。喪失感だけがあって、大勢ではしゃぐような気分にはもう永遠になることはないってわかっているような人だけどね」と由美子。
 
そして懐石料理は、食べる人を“パッシブ(受動的)”にさせてくれる、と続ける。「一つ一つを食べる時間がすごく短くて、順番もすごく考えられていて、盛り付けだけを見ても洗練されている、クライマックスというものが無くて疲れさせない」ーー。
 
テツは週刊誌のフリーの記者で、(普通の人にはどうでもいいかもしれない)子供達の闘争の密着取材をただの興味本位でしている。一方由美子は、多忙な経済ジャーナリストの職についている。2人は5、6年同棲しており、由美子は2人の子供を1度流産している。そういう理由でか、2人は未だ結婚していない。そんな由美子が頭のいいうんちくを、(貴方(テツ)には分からないかもしれないけどという思いを、たぶん前提にしつつ)、冷酒を飲みながら儚げに語るのが、とても美しく感じる。まるで霜が降りた明け方の白菊のように映る。
 
 
食にまつわる描写が好きな小説はほかにもある。石田衣良の「波の上の魔術師」もそのひとつだ。波の上の魔術師は、名ディーラー小塚老人の手ほどきを受けながら、ダメ男だった主人公の白戸が株式にまつわる知識と技術を身につけていく物語。2人が挑む、ある株式における最後の勝負の前、小塚老人が白戸に「すこし早いが、景気づけにうなぎでもごちそうしよう」と声を掛ける。この師から弟への、なんでもない飲みの誘いがとても気に入っている。そのあと、2人が「尾竹橋通りのちいさいうなぎ屋」で瓶ビールをやっている姿が目に浮かぶ。女の私には体験できない、こういった男の主従関係に憧れているから、好きなのかもしれない。