話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

聴こえない歌

昔から苦手なことがある。スピーカーから流れる曲の歌詞を聴き取ることだ。

 
何か言葉を言っているとは分かるのだが、その内容を認識したり、意味を理解することがなかなかできない。歌い手が切ない恋に嘆いていても、明るい明日を望んでいても、音声だけでは歌詞の把握が難しい。多少知っている曲ならばなんとなく分かるのだが、こればっかりは大人になった今も克服できていない。まさに(?)自分の「耳を疑う」。最近は子供の頃よりも不得意になっていて、いよいよ私も本当のバカになったかと疑ってさえいる。
 
そんな自分が少し恐ろしくなって、友人に歌詞を把握できないことがないか聞いてみたところ、「私も(そうなることが)ある」とのことで、幾分かほっとした。そしてその原因を、「テレビや映画の字幕や映像に慣れ過ぎたため、聴覚が弱ってしまったのかもしれない」と指摘してくれた。強い安堵と納得で、「なるほど!」と手を叩かずにはいられなかった。
 
そういえば、痴呆を遅らすために脳を活性化するには、ラジオを聴くと良いなんて話を聞いたことがある。文字や映像といった視覚の情報が音声に加わると、理解のスピードは早まるが、その分情報を処理する脳の負荷を減らしてしまう。そのため、聴覚が弱くなった可能性も否めない。なんだ、テレビの見過ぎによるものか。いや、テレビはあまり見ないし、これはネットのやり過ぎによるものか。
 
 
ところで歌詞をうまく聴き取れない私にとって、スピーカーから流れてくる、歌詞付きのあまり知らない曲の殆どは、ただの音というか、ただのメロディに聴こえている。それゆえ歌詞を見るまでは、世界観や全容を認識できないため、その曲を好きになることがそうそうない。ところが最近、メロディだけで心を掴まれる曲に出会ってしまった。
 
秦基博さんがカバーした、キリンジの「エイリアンズ  Hata Motohiro - Aliens (Live at the room) [Audio] - YouTube」という曲だ。マンションの部屋に射し込む、白いレースのカーテン越しの光の如く、日々の暮らしの中にあるロマンチックな瞬間を表したような音の展開で、非常にメロディラインが叙情的なのだ。秦基博さんのかすれ広がる歌声も、その世界観を演出するのに一役買っている。思わず「なんて美しい曲なんだ」と口にしてしまうほど、素敵なメロディなのだ。
 
そうなってくると気になるのが歌詞の方だが、調べてみると「遥か空に旅客機  音もなく 公団の屋根の上 どこへ行く」と日常の中にある美しさを歌っている様子で、私のメロディのみに対する曲への理解と概ね合っているのに驚いた。歌詞が分からなくともメロディのみで、描かれた複雑な曲の世界観をしっかりと感じられることもあるのだなぁと、感慨深い気持ちにもなった。
 
ちなみに歌詞を調べた際、「エイリアンズ」という言葉が曲中で何度も繰り返されているにもかかわらず、何回聴いてもその特徴的な単語すら捉えることができなかった、自分の酷い聴覚に最も驚いた。私の耳はこれほどまでに弱っているのかと。やはりインターネットのやり過ぎはよくないな。