話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

もんじゃが食べたくて

東京下町のソウルフードといえば「もんじゃ焼き」である。水でのばした小麦粉に、適当な具を入れウスターソースで味をつけ、熱い鉄板に広げて焼いてヘラでハフハフと食べるアレのことだ。ここふた月くらい食べてないなあ。すっかりご無沙汰である。

 
 
東京の下町と呼ばれる地区、編集者そして写真家の都築響一の言葉を借りれば「東京右半分」に生まれ育ったアタシにとって、もんじゃ焼きは日常食。
 
例えば同級生と学校帰りのおやつとして、帰り道にあるもんじゃ焼き屋へ入って食べることもあったし(セーラー服の上に着るセーターは、よくもんじゃ臭くさせてしまったものだった)、自宅では夕方から家族みんなでもんじゃの載ったホットプレートを囲うこともあれば、気のおけない仲間を招いてホームパーティーをすることもあった。
具材は切るだけ粉は溶くだけ、準備が簡単なうえコストパフォーマンスも高いし盛り上がるので、家もんじゃはなかなかお勧めである。
 
 
ところで非常に勝手な持論だが、もんじゃというのは、下町育ちの江戸っ子が持つ、よその人に対する踏み絵であると思う。
まあもんじゃは見た目がばばっちいし、なんせ貧乏人の食べ物だから、嫌がる気持ちも分からなくもない。だが「同じ釜の飯を食う」ようなもので、同じ鉄板のもんじゃを共に気持ち良く食べれた相手のことは許せるし、その後もうまくやっていけるような気がするが、そうでない人はちょっと御免、ってな印象を持ってしまう。
 
特にベビースターもんじゃの味を分かる人とは一生やっていける気がする。具材は基本のたねとキャベツとベビースターラーメン、凄まじくシンプルなやつ。海老やイカなんかの海鮮だとか、コンビーフや挽肉だとか、蒸した中華麺なんて豪華なものの入っていない、一番貧相で、ご飯なんだか駄菓子なんだかよく分からない、あのどうしようもない旨さがいいんだよな。
 
 
そいから忘れちゃいけないのが、ヘラと鉄板の使い方。これがきちんとできないと、うまいもんじゃ焼きを食べることなどできるはずがない。
ヘラをスプーンのように使うなんて言語道断、もんじゃをヘラで鉄板に焼き付けるようにして食べなければならないし、不用意に鉄板の淵までもんじゃを広げる行為もマナー違反だ。お茶における茶道、文字における書道みたいなもので、しきたりにはきちんと従って欲しい。
 
 
……なんて言ってはみたものの、しとりもんじゃあ、なかなか食べられないのがもんじゃなんだよな。こんな面倒くさいこと言ってたら旨いものも不味くなってしまうし、誰も同席してくれなくなって、最近ご無沙汰なのに、ますますもんじゃの席が遠のきそうだ。笑