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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

「死ぬのにはちょうどいいタイミング」なんてあるのだろうか

9月1日は「防災の日」ということで、その日の東京新聞のコラム「筆洗」では、芥川龍之介関東大震災の避難時における有名なエピソード「妻は児等の衣をバスケットに収め、僕は漱石先生の書一軸を風呂敷に包む(『大正12年9月1日の大震に際して』より)」が紹介されていた。

非常時には何ら役に立たないにも関わらず、先生と慕う夏目漱石の書をどうしてもと持ち出す点には、彼のこだわりの強さ、人間的な難しさを感じる。一方で、命を賭けて強く執着できる何かを持っているのに、ある種羨ましく思う。まあ、芥川は大切な物を持って必死で逃げたその4年後に、自殺してしまうのだが。


未曾有の震災が起きた時には、どんな行動を取るか、という問題に迫られる。その際の判断がその後の人生を大きく変えることになるからだ。それゆえ「筆洗」では「何を持って逃げるか。避難先と合わせて考えておいた方がいい」と有難い真っ当な指導をされているが、私は逃げないこともまた一つの選択としてあると思っている。例えば先の東日本大震災で、迫り来る大津波を知りながら逃げることをせず、家の中でひっそりと息耐えた私の祖母のように。


私はその時その場にいたわけではないため、リアルな状況や祖母の心情は把握していないのだが、祖母が逃げなかった理由は、生きるのを諦めたからではないかと思っている。

震災から15年ほど前に夫を亡くしている彼女は、介護をされながら義娘と2人で暮らしていた。時折赴任先、上京先から息子や孫たち、そして街の仲間が家に訪ねて来る。膝が酷く悪いので殆ど出歩けないが、座椅子に座り窓の外を眺めながら、来訪者を待つのが好きであったようだ。

さて、大きな地震の後、迫る津波の情報を聞きつけた義娘に「すぐに逃げましょう」と言われた際、「後から行くから、先に行って」と見送った祖母は、その時何を考えていたのだろう。

自分の介護で束縛してしまっている義娘を、自死することによって解放せんとしたのかもしれない(そう大した津波はすぐに来ないと想定していた可能性もあるのだが)。いや、早く夫のもとへ行きたかったのかもしれない。たった一人の愛する夫を失ってからはずっと、周りに生かされていただけだった可能性もある。

それが天災によって、自分を無理やり生かしていたものが、この後消えて無くなると分かった時、生きる理由なんてものは、全く失われてしまう。そうだとすれば生きるのを諦めて、自死するのも当然の選択だろうと、今なら理解できる。祖母が、祖父のことをずっと思っていたのだとすれば(それ程愛していたことくらい、孫の私には、とっくに分かっている)。


そう思うようになったのは、白石一文さんの恋愛小説「翼」を読んでからだ。生きる意義について、語られている。物語の主人公・田宮里江子は都内に住むキャリアウーマンで、一見充実しているが、幼少期に暴力のある家庭に育ったので、大変深い哀しみを背負っている。その後両親は死に、兄弟とは疎遠になっているため、ひとりぼっちの人生を過ごしている。そんな彼女が生きる意味とは何かを、人生を賭けた愛を与えられたり、人生を賭けた愛を見ることによって、段々と理解していく。

里江子は「天涯孤独」であるがゆえ、自分が結婚したり長生きをするイメージがついていない。他人と上手く愛を育むことができない。人生における全ての時間や人間関係が退屈しのぎだと悟りながらも、どこかで永遠に続く真実の愛を願っている。

なんやかんやあって(という雑な説明となってしまい申し訳ないが)里江子の知る女性が自殺をする。恋人に振られたのが理由らしい。その女が死後に里江子へこう語りかける。「あの人とともに生きることのかなわない世界は、もう私が生きるべき世界ではなかった。(略)だけど、愛のない世界で生きることは、死んでしまうことよりもずっとずっと苦しみに満ちているわ」。そうやって里江子の周りの人間は、愛を理由に死のうとしたり、愛を理由に生きようとしたりする。「心の底から愛した『運命の人』が隣にいない。そんな人生に意味はあるのか!?」ーー。


もしも未曾有の震災が来た時に、どう行動するべきか、手にする物、者は何であるべきか。生きるために、執着しなければならないものは何か。一度考え直してみてもいいかもしれない。