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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

感覚のバー

年末年始は大抵一人で過ごしている。帰省することもない。家族皆で過ごした最後の年は15年以上前になる。親戚に最後に会ったのも同じ位昔のことだろうか。もう殆ど、顔も名前も思い出すことができない。
 
地元が無いので、地元の友人と集まる機会もない。近頃になって有難いことに、限られた人と年越しに鍋を囲んだり、初詣へ出掛けてはいるが、本当につい最近のことだ。
 
 
実のところ、宴の多い年末年始を過ごしている人が少しだけ羨ましい。約束事や行くあてが、いつも既に決まっている人生は、意味のある生活をしているように思える。
 
けれども、もしそんな環境を与えられても、私は受け止めきれない気がしている。果たして孤独以上の約束事や宴がこの世にあるのだろうか?孤独以外の何かを選択することができるだろうか?そんな感覚を持つ自分に恐怖を感じる。世間との差異を認めるのに、まだ躊躇いがある。
 
 
そんな葛藤で辛くなってしまった時、私はあるバーへ行く。お店への詳しい行き方は分からないが、電車で眠っている時に気づいたらカウンターへ座っていたり、帰宅し扉を開けたらお店に繋がっていたりして、入店することができる。私はそこを「感覚のバー」と呼んでいる。
 
感覚のバーには常連がいる。舌のない男と、指のない男。2人とも厄介ごとに巻き込まれ、雇い主に切断されてしまったそうだ。彼らはいつもカウンターに並んで座っている。両隣が空いているのだが、私はいつも指のない男の隣の席に座る。何故なら、指のない男の方が饒舌だからだ。舌のない男は無口でつまらない。話ができる人は好みだし、側にいると安堵のない場所でも気が楽になる。
 
 
彼らは、世間で普通に暮らすことができないという、同じ悩みを抱えている。例えば、注文をしようと店員に声をかけても、喋りが言葉にならないから通じない。宅配便が届いても、指がないから配達人から受け取ることができない。当然、人には驚かれる。舌や指がない以外は同じ人間であるはずなのに、いつも後ろ指をさされてしまう。その場にはいられなくなる毎日を過ごしている。
 
辛いのはそれだけではない。恋人に愛を囁く際の、頭に浮かんだ言葉のどれを声に発するかの葛藤を知らない。子供の頭を撫でた時の、光に包まれるような温度や質感を知らない。できないことを分かっているぶんだけ世間に憧れがあり、知らない感覚を認識しているぶんだけ、哀しみがある。
 
 
マスターはそんな彼らに、いつも決まったドリンクを出す。見た目も味も普通の飲み物なのだが、それは彼らが持てなかった感覚に、輪郭を与えてくれるような液体で、飲むと軽蔑や憐れみや慰めでもない、他人からの感情を感じ取れるようになる。
 
舌のない男には、舌がなくても舌先に滑らかな氷の感触のする、シングルモルトをロックで提供される。無口な男にはウイスキーが似合う。指のない男には、残った指の付け根で少し挟んで傾ければ十分飲むことのできる、口の広いカクテルグラスに、シェイクしたマティーニが注がれる。おそらく指のない男は、007に憧れているのだろう。マスターはその辺りをよく分かっているようだ。そういえば、彼の昔話は作ったように命懸けのエピソードばかりであった。そんな人生の中で指を失ってしまったのだろうか。
 
2人と幾らか話をし、遅れてやってきた私のドリンクをマスターが作り終えたころ、いつも必ずバーが消えて無くなってしまう。私にどんなドリンクを出してくれるのか、楽しみにしているのに。今までそこにいたはずが、まるで何もなかったかのように、気づくと私は電車の座席や家のベッドの中に戻っている。
 
 
最近、感覚のバーに連れて行きたい人ができた。でも、いつか一緒に行ける日が来たとしたら、その時にはもう、あのバーはどこにも無いかもしれない。私の憧れるできないことや欲しい感覚とは、感覚のバーのない世界を作ることと、同義なのだろう。
 

 

今週のお題「年末年始の風景」〈今週の一枚