話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

私は鼻が利くタイプ

まだ1月だというのに、もう花粉症に悩まされている。朝起きて日が暮れるまで、くしゃみ鼻水が止まらない。

「鼻が利く」という2つの意味を持つ言葉があるが、次来そうな株や商品は全く当てられないくせに、花粉やホコリの存在なら微量でもすぐに分かるというのは皮肉なものだ。なんの儲け話にもならない。

単に、鼻そのものが利くだけで得られるものと言ったら、これからくしゃみ鼻水に苦しめられる地獄の時間が訪れるのを知れることくらいだ。というか、むしろそんなの知らずに生きていたいのだが。


この鼻は厄介で、花粉やホコリだけならまだしも、香水やタバコの臭いにもよく反応してしまう。もしも打合せや食事で同席する方が強い香水を付けていたり、タバコを吸っていようものなら、「鬼太郎」が妖気を感じて髪を立たせるシーンの如く、危険を察知しくしゃみ鼻水が出始める。

電車や会社の中だとか、デパートに飲み屋、家の外なら大抵何処でも反応してしまうのが辛い。だからと言って、引きこもるわけにもいかないので、マスクや薬で対処しているのだが、「なんだかなあ」とやり切れない思いになる。


ただ、鼻が利いて良かったこともある。普段鼻から入ってくるものや臭いに絶望していることへの反動なのか、いい匂いにはとても敏感に反応するし、その匂いから想像する内容が、どれもとても希望的な話なのだ。

例えば、近所の家から漂ってくる、夕飯の匂いをすぐ見つけられる。それは大概カレーだとか焼き魚だとか、独り身には沁みるような献立の香りで、家族が用意してくれるご飯の有り難みや、共同生活の暖かな空気を思い出させてくれる。

ほかにも、誰かがコーヒーを淹れる準備をし始めると、すぐに気づくことが出来る。人の家にお邪魔している時、私とは違う部屋にその家の住人がいたとしても、その彼や彼女がコーヒー豆の入った袋の封を開けた瞬間から、気配を察知できる。「これからコーヒーを一緒に飲めるし、飲もうと思ってくれているんだな」と感じられる。そんな感情を持てるのは大変幸せなことだし、日常に光が差し込んだような気分になる。


人より鼻が利くというのは、辛いことが多いのだが、たまにはいいこともある。ほら、鰻屋から漂ってくるあの香ばしい匂い。あれなんて最高だし、匂いだけで飲めるからね。