読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

ご褒美のアイス

スイミングスクールの帰りに食べるアイスが好きだった。アイスはいつも、帰り道にあるクリーニング屋で買っていた。


スイミングスクールには、幼稚園に入ってから小学校3年生くらいまで、週2回通っていた。水泳は嫌いではないし、むしろ得意な方だったが、それが理由で高学年生や中学生と同じクラスに入れられてしまい、練習内容は幼い私にとって大変過酷なものだった。昼過ぎから日が暮れるまで、文字通り泳ぎっぱなしであった。

しかも、当時の私は人見知りが本当に酷かったので、先生や仲間とコミュニケーションを取らなければならないのも辛かった。年上の仲間に突きつけられる競争心、休み時間の他愛もない会話、練習後のお菓子の交換、全部面倒くさかった。
でもなんとか頑張った。なぜなら、それらをこなし終えれば、帰り道にご褒美のアイスを食べられるからだ。


アイスを買うクリーニング屋は、スイミングスクールの隣の古いビルの一階にある。外壁には赤文字でアイスと書いてある白看板が取り付けられている(私はこの看板を見て、アイス買えることを知った)。

店の壁際には、アイスの入った業務用冷蔵庫が置いてある。クリーニング屋の片手間でアイスの販売をやっているからか、品揃えはあまりよくない。スポーツドリンクのようなものを氷状に凍らせたロックアイスや、ミルク味のバーアイスだとかが5、6種類しかない。価格は60円~80円くらいなので、自分のお小遣いを使って購入できた。


私のお気に入りはレモン味のロックアイス。くたびれた体に、爽やかな味わいが染みる感じが気に入って、毎回それを買っていた。別に強制されていたわけではないが、アイスだけでなく、その後の行動パターンも決まっていた。

店を出て、アイスの蓋を開け、ガリガリと食べながら、近くの公衆電話へ向かう。アイスのお釣りで貰った10円玉を使って、母に電話し帰宅の旨を伝えると、今晩の夕食の献立を教えてくれる。

スイミングスクールから自宅までは徒歩で20分ほどかかる。疲れ切った体にはきつい距離だが、アイスを食べながら美味しい夕飯のことを考えることで、なんとか毎回家に帰ることができた。玄関の扉を開けると美味しそうなごはんの匂いが漂ってきて、それはもう、いつも幸せな瞬間だった。


あれからいくつもの歳月が経った。今は社会人として働いていて、地元から離れた街で一人暮らしをしている。
先日ふと思い立って、近所のプールへ行った。怪我をした足のリハビリと、運動不足解消のためだ。

ゆっくりと、1人で黙々と泳ぐ。何年ぶりのスイミングだろうか? 体が鈍っていて、1kmも泳ぎきれなかった。久々の運動に、全身という全身が疲弊した。なんだかあのアイスが、どうしても食べたくなってしまった。


今住んでいる街には、アイスを販売しているクリーニング屋がないので、近くのコンビニへ帰りに寄った。ロックアイスは売っていなかったので、バーアイスを買った。久々のアイス。すぐに袋から取り出して食べる。冷たくて美味しいけれど、何かが違う。この歳になってアイスを食べ歩きしている自分を省み、少し恥ずかしくなる。

辺りを見渡すと、日がすっかり暮れていることに気づく。何故だか早く家に帰らないといけない気持ちになった。近くの家の前を通ると、懐かしいカレーの匂いがした。