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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

僕たちはいつも情報に騙されている

客の目の前で調理する鉄板焼が名物のレストランで、食事をし始めようという時だった。彼は言った。

「ただお肉をお皿の上にのせて出されるだけでも十分美味しいのに、目の前で調理するだとか、なんでこういう演出をすると、みんな喜んでさ、美味しい美味しいってなるんだろうね」
「それで?」
「これからこのステーキを塩で食べようとしてるけど、旨味の数値的には醤油とか、もっと言うと、焼肉のたれをかけた方が上がるよね。
そうすると、美味しさを感じる感覚としても旨味と油と甘みのバランスが良くなる。だから醤油とか焼肉のタレで食べた方が本当は美味しいんだよ。
なのに店は塩で出すし、最近はみんな好んで塩で食べる。なぜってカッコ悪いからだよね。流行りじゃないとか、タレで食べるのは知的じゃないとか。まあ、別に塩だからと言ってまずくはないし、全然美味しいんだけどさ」
「まあね、でも塩で食べた方がいい時もあるよ。1つの料理だけじゃなくて、複数の料理で複合的に美味しさを感じるためにバランスをとる時とか。お肉を甘じょっぱいタレで、野菜をマヨネーズで食べたりしたらちょっとヘビーじゃない?」

「じゃあ、話は戻るけど、なんで最近の鉄板焼きってこのスタイルなんだろうね。目の前で焼いてもらう必要なんてどこにもないよ。
ここってお店の照明は暗いしムーディーな音楽がかかってるけど、だからと言って美味しさ自体に還元するわけではないじゃん。でも必要なんだよね。なぜか大したことのないご飯がよりよく感じるし、現に流行ってる。僕らはいつも情報に騙されてるんだと思うんだよね」
「情報に騙されているというよりは、ムードや演出は食事の満足度に影響するという表現の方が適当だと思うよ。高度成長期以降豊かになった大衆は、ご飯食べられることそれ自体では満足できなくなって、新しいメニューや調理法、よりレベルや価格の高い料理、食事の環境についてどんどん求めるようになってるからね※」

「いやー!騙されてるよ。騙されてる。騙されてるっていうか捕われてる。美味しいものは美味しいで完結していいものなのに、この白いご飯まで何かと情報過多なんだよね。産地とかどうでもいいじゃん。美味しければ」
「まあ、情報過多の波が人間の嗜好に影響するのは仕方がないと思うけどなあ。
でも美味しいものを単純に美味しいと感じられないのは、なんというかさもしいよね。一方で、美味しくないものでも与えられた情報に騙されて、美味しいって感じてしまうような単純さは持ち合わせている皮肉があるよね。」

「人間はどんどんつまんなくなっていくよね。つまんない人ほど、どんどん」
「そういう節もあるよね。でさあ」
「どうした?」
「貴方さっきから散々言ってるけど、何でこの店を選んだの?」
「君を口説くためだよ。…違った?」
「違ってるけど、まあ、間違いではないかな」




※「そういえば、森繁久彌加東大介が出てる1960年代の映画「喜劇 とんかつ一代」をこの間見たんだけどね。ずっととんかつ一本でやって来た街で人気のとんかつ屋を舞台にした作品で、店の二代目にあたる父親が息子に店を後継しようと考えてたら、息子は『これからはムードの時代だ!料理の美味しさも大事だけど、落とせるコストは落として、そのお金でBGMや装飾を!』なんて言って逆らって、とんかつ屋とは真逆のムードのあるレストランをやろうという、まさにそんな話だったよ」
という話を1番入れたかったのに、文章にムードがなくなるので泣く泣く削除。