話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

男だったら良かったのに

時折、なぜ私は男でなかったんだろうと悔やむことがある。いや、生まれ持った性について、深く悩んでいるわけではない。社会に不満を持っているわけでもない。けれども、ふと、そう感じてしまう時があるのだ。


例えば、夜遅くに仕事が終わって一杯飲みたいなという時。バーへ1人で行って、ウイスキーをストレートで飲んでみたい。そういう時は、男でありたい。
「毎日毎日仕事に追われていたけれど、今日はやっとひと息つける。そうだ、お気に入りのあのバーへ行こう」なんて思って、銀座へ向かい、目立たないビルの階段を下り、地下の重い扉を明けて、マスターに「久し振りですね」と迎えられたい。孤独を背負って、何かに打ちひしがれながら、薬っぽい味のウイスキーを舐めるように嗜みたい。

けれども、私みたいな若い女がそれをやっても、全く格好がつかないだろう。誰かのマネをして格好をつけているだけに見えそうだとも思う。
それに、女に生まれたからには、オーセンティックなバーへは男性に招待してもらって行くべきで、決して女一人では立ち入るべきではないのでは?なんてことも考えてしまう。だから、出来ない。つい、「男だったら良かったのに」と呟きたくなる。


これは考え過ぎかもしれないが、大衆酒場へ1人で入って、近くの男性客に「お姉さんひとり?」なんて声を掛けられてしまった時も、私はなんで男でないのだろう?と悔しくなる。
私は酒場が好きだ。だから、客の1人としてお店にすんなり馴染みたい。なのに、同じ客から声をかけられてしまったということは、きっと私はこの場で浮いているんだろうなと、がっかりした気持ちになる。

しかも、こういった声掛けをしてくる方の相手は不得意で、どうもうまく対応できない。会釈くらいで済ませられればいいのだけれど、相手をしないと逆上する人も中にはいて、お店の空気を悪くしてしまうことがある。私に非はないと思いたいが、私が居るせいでもある。女性として認識されてしまったことを、私が女であったことを、なんだか申し訳なく思う。

いくらマニッシュな格好をしても、化粧を薄くしても、香りをつけなかったとしても、たくさんの男性の中に女が1人紛れ込むなんてのは、凄く難しいことなのかもしれない。


なんだかんだ言って、男だったら良かったと1番強く思うのは、私の目の前で女性が泣いている時だ。

女友達に辛いことや悲しいことがあったと言って、相談に乗っているうち、言葉につまり始めて、おうおうと涙を流されてしまったりすると、ふと、目の前の彼女を支えてあげられるような度量のある男になって、黙って抱きしめてあげられたらなあ…なんて気持ちになる。女の私には、ただただ、優しくしてあげることしかできない。こういう時、女は無力に思えてくる。

とは言っても、仮に自分がその号泣してる女の子の立場だったとして、そんな男性の存在がいたら、溶けるような気持ちになるし、しばらく心を奪われてしまうだろうなとも想像できるので、私は女で良かったなあ、とも。


しかし、1人バーでウイスキーを飲むような孤独の似合う男や、哀しみに暮れる女性を強く抱きしめられる男になってみたいという欲望は、もしかすると、ただの憧れや焦がれなのかもしれないと思うと、ちょっと恥ずかしい。