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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

口に出して言っても、言わなくても

大切な人に思いの丈を打ち明ける時、家族や仲間に感謝を伝える時、大事な思い出や作品について語る時、どこから話して、どこまで伝えるかとても悩む。

悩んだ末、私は言葉をかなり削って伝えるタイプだと思う。ハードボイルドの見過ぎか、文字数に制限のある世界に居過ぎたか、ただ恥ずかしがり屋であるせいなのかは分からないが、限られた文字で伝えたい言葉を作ろうとする。

本人としては一応、言葉で語られない世界に気持ちを託す意味でやっている。何かを言葉にしようとしたその瞬間、言語化できずにこぼれ落ちるものがあるとよく言うが、そういうのを含めるため、余白を設ける代わりに削っているつもりだ。

こういう話し方は、あまり女っぽくないと言われる。女は口数が多いなんて言説を受けた意見だとも少し思う。けれども、確かに女の人には「もっと分かりやすく説明して」だとか「美波は何を考えてるのか分からない」とよく注意をされるし、その通りなのかもしれない。

映画「マイ・インターン」で共演したアンハサウェイとロバートデニーロが、作品について語り合う対談動画を最近視聴したのだが、これを見た時、「(私の話し方は男っぽいのかもしれないなあ)なるほど確かに」という気持ちに追い打ちがかけられた。 www.vogue.co.jp

ご覧いただければ共感して貰えると思うが、2人の口調があまりに対照的で、男女の語りの比較をしている気分になる。 アンハサウェイは、多くの言葉を使って気持ちや状況を具体的に説明しようとするが、デニーロは言葉を選んで短いセンテンスで抽象的に話そうとする(彼の言葉は会話のためのそれというより、詩のようでもあった)。どちらも言いたい事は伝わるが、言葉の使い方が全く異なる。

ところで、ジャズには「バース」と呼ばれる、簡単に言えば「イントロ」のようなものがある。本編の前に演奏するためだけに、作者が作ったメロディや歌詞のことである(ただ、後から誰かによって作られるケースもあるし、定められたバースを無視して自由演奏されるケースもある)。 ジャズは自由な音楽だ。だから(というのも少々強引な解説だが)演奏者は状況に応じてバースを無視してしまっても良い。

例えば、有名な「Fly me to the moon」はバースを省略して歌われることが殆どだ。歌い手は「Fly me to the moon,let me play among the stars?」といきなり歌い始める。私はこの曲で言えば、バースを省略して歌うタイプなのだと思う。


Fly Me To The Moon - Frank Sinatra

ではその削られたバースとはどんなものか。 本編は好きな人に「月へ連れてって」「木星の春を知りたい!」と伝える楽しげな調子の歌詞であるのに対し、バースは「Poets often use many words to say a simple thing(詩人は単純なことを伝えるために色んな言葉を使う)」「For you I have written a song,to be sure that you know what I'm saying(貴方のために歌を作ったのだけど、貴方ならきっとこれで分かってくれるはず)」などと、大事な思いを伝える前の不安な心境を、そのまま語ったような歌詞になっている。実に対照的である。


Tony Bennett - Fly me to the moon ( with Lyrics)

そういえばこの曲について、ジャズピアニストの友人が「バースを聴いて初めて、なぜ(本編が)短調の音で始まるのかが分かった」と言っていた。表面上は明るくて愉快なことを言っているけれど、内側にはとにかく心配で仕方がない気持ちがあるから、始まりは哀しい音階になっているのかもしれない。

ちなみに、「Fly me to the moon」の原題は「In other words」だったりする。本編の曲の中では何度も「In other words」が繰り返されるが、バースにはそれがない。そして、その言葉の後には必ず「hold my hand」だとか「I love you」と直接的な願いや思いが歌われる。 こうして比べると、バースは誰かの心の中の音楽で、本編は誰かに聴かせるための音楽に見えてくる。

「ちゃんと言葉にしないと何も伝わらない」と考えて、思いを全部言葉にして言おうとする人もいれば、裏打ちされたメッセージに気持ちを込めて、短いセンテンスで話す人もいる。 ジャズで言えばバースにあたる心の内を、口に出して言っても、言わなくても。大事なことは「つまり」の先に隠されていると思う。