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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

大事な人が消えて無くなる夢を見る

悪夢にうなされ、明け方にハッと目を覚ますことがある。哀しいとも、やり切れないとも違う、無常とはこういう気持ちを指すのだろうという気持ちで。

時々、大事な人が突然消えて無くなる夢を見る。直接死ぬのを見てしまうわけではない。暫く連絡がないなと思っていた時だとか、「最近忙しい」という話を聞いた数日後だとかに、その人へ連絡をしてみると永遠に返事が無く、会いに行こうとしてもどこにも見つけることができない、そんな夢だ。

いつも大事な人々のことを考えているわけではないし、特別マイナス思考なわけでもない。むしろ他者との関わり合い方はわりとドライだし、普段ほとんど1人で行動し、生活している。それに脳天気な方だとも思う。

けれどもこんな夢を度々見てしまうということは、潜在意識の中ではその人たちを失うのが怖くてたまらないのだろう。最近この悪夢ばかりを見てしまう。

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5年前の震災の日、おじさんとお婆ちゃんは津波に飲まれて消えて無くなってしまった。おじさんは帰ってくることができたが、お婆ちゃんは二度とは戻らなかった。

おじさんはその時間、大槌へ働きに出ていた。岩手は地震が多い。だから「いつもより多少凄いのが来た」程度に思っていたが、度重なる津波警報に「これはまずい」と車で高台に逃げようとした時には遅かった。気付いたら覆いかぶさる波の中に入っていて、目が覚めたら病院のベッドの上にいたと言う。

お婆ちゃんは釜石にある自宅にいた。家の背後には山々が連なり、正面からは港が見下ろせる立地にある。津波が来る十数分前まで、お婆ちゃんはおばさんと従兄弟と一緒だった。おじさんと同様、始めはそこまで憂でいなかったが、警報を受けて、避難しなければならないとやっと判断した。歩いて、高台にある避難所まで。

けれどもお婆ちゃんは足が悪い。ほとんど歩けない。そういえば私が彼女に会う時には、私の膝をいつもさすってくれていた。「足が悪いと1人じゃどこへも行けなくなってしまうのよ。大事にね」と言いながら。

お婆ちゃんはおばさんに言う。「トイレに行ってから行くから。先に行ってて。後から行くから」。おばさんはそんなことできないと思ったそうだが、お婆ちゃんはどうしても、おばさんにそうさせた。

十数分後、大津波はやってきた。おばさんと従兄弟は無事避難することができたが、波は釜石の家をまるごと飲み込んだ。中には「後から行く」はずだったお婆ちゃんがいた。

幸か不幸か新しく立て替えたばかりだったため、家の一部は残った。家の瓦礫の中にお婆ちゃんは見つかったと聞いた。おじさんは「兄さんごめんな、俺がいなかったから守れなかったんだ」と父に何度も謝っていたそうだ。

この話は、その頃疎遠だった家族の中で、連絡を唯一取っていた母に後から電話で聞いた。母に教えてもらうまで私は、全く、何も、知らなかった。

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お婆ちゃんに最後に会ったのは2010年のお盆休みで、それは10年ぶりの再会だった。色んな事情で家族の中で私だけ会えていなかった。人づてに、彼女が私のことを気にかけるとは聞いていた。

事情があったとはいえ、頑張れば会いに行くこともできたし、連絡をすることもできた。行動に移さなかったのは他ならぬ私なのだと、それを知った後に酷く自覚した。

それに、彼女のそばにいれば、救うことができたかもしれない。私は体格がいいから彼女をおぶれたかもしれない。説得も上手な方だし、割と強引な性格だから、もう生きるのを諦めて、先に死んだお爺ちゃんのもとへ行こうだとか思わせないで済んだかもしれない。にもかかわらず、その時私は彼女の近くにいなかった。

どんなに後悔しても、私は彼女を助けられる距離にもおらず、それまでずっと連絡も取らず、顔を見に行くこともせずにいたのだ。

そうして、自分から会いに行かなかった、声をかけなかった空白の時間に、知らないうちに大事な人を失ってしまった。全部、私が薄情者だからだ。

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ところで、金城一紀の「対話篇」という小説が好きで、何度も何度も読み返しては、泣いている。 哀しい運命を背負った学生同士の恋愛や、老人が若い頃に別れてしまったパートナーを探す旅に出る話など、刹那と希望の間で胸が締め付けられるような短編が幾つかまとめられた本である。

本の裏表紙の内容紹介には、本文を引用してこう書いてある。「本当に愛する人ができたら、絶対にその人の手を離してはいけない。なぜなら、手を離した途端に誰よりも遠くへと行ってしまうからーー」。

私はもう誰も失いたくないのだ。