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話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

食べログの代わりに

古い飲食店や酒場を日々探し歩いている私は、あまり食べログを参考にしません。じゃあどう店を探すかって?今日はそういう話をします。

先日「週刊朝日」で池波正太郎松本清張の担当編集をしていた重金敦之さんの本を3冊買いました。「美味探求の本」「作家の食と酒と」「食の名文家たち」です。

大体どんな内容の本かというと、彼が仕事で関係の有った作家の好物や行きつけの店、その作家とご飯を食べた時の思い出、小説に描かれる食事のシーンについて詳細に書いてあります。
私はこういった読み物が好きでよく見ているのですが、これらは他の人にとっての食べログの代わりになっていると思います。

たぶん多くの方は、美味しいお店を探す時、行きたい店を探す時、食べログを見る方が多いと思います。けれども私は、さっきあげたような本を開きます。読んで気になった場所へ行ってみています。

例えばどんな店へ行くかというと、小林秀雄が通った山形料理屋「樽平」だとか、永井荷風が好きなどじょう屋「駒形」だとか、そういうのです。

そういえば、前に行った開高健の指定席の有るバーはとても良かったです。彼の勤めていたサントリーが赤坂にあった頃の社屋の近くの店で、なんてことないビルの地下へ潜ると、なんというか、年季のある男のような、たまらなくかっこいい雰囲気が広がっていました。

こういうお店は作家が味や店の居心地を保証しているだけあって、ただ訪れるだけでも十分に満足できます。
それに、その時代に生きた作家の視点を借りてお店を楽しむこともできるし、物語にお店が出ていれば、フィクションの中のノンフィクションとしても眺めることもできる。何より、彼らが生きた時代から今なおそこに店が在るということに、恍惚とした思いを感じずにはいられません。

作家が通っていない店も、というと何だか変な表現ですが、そういう店も色々と行きます。戦後ドヤ街に生まれてから今なお営業している焼き鳥屋だとか、地元の市場の人たちが通う食堂に、サラリーマンに昔から愛されている居酒屋などなど。

そんなお店をどう探すかというと、例えばグラフィックデザイナー(で居酒屋探訪家)の太田和彦さんの本だとか、日本文化を研究する早稲田大学のマイクモラスキー教授の本だとか、あとは私と同じように古くて良い居酒屋が好きな人のブログを読んだり、知人に同志がいれば飲みながら(ここ重要)情報交換をして探します。
もし可能であれば、酒場の主人に聞くのもお勧めです。お酒が好きな人の通うお店はだいたい良い。地方の良い酒場を教えてくれたりします。

その街とそこに居る人々に、時間を掛けて馴染んでいった店が好きなんです。そこには「場」があるでしょう。急にやってきては去っていってしまうような、新しくて騒がしい店にはない情緒や趣きがあります。

こういったお店を愛せる人も大好きです。こういう大事な店が無くなってしまうまで、同じ時代を一緒に生きてみたいとすら思ったりします。

ただ、古くからある店は閉店していたり、営業時間が短かったり、住所が分からなかったり、外観が街に馴染みすぎて見つけられなかったりする。そんな時に食べログを見ます。そういう意味で食べログはすごく便利だし、助けられています。

さて、こういう店は好き嫌いはあるけれど、だいたいハズレがないんですね。私をはじめ、我々のような人にとっては。けれども食べログを見てみると、口コミが書かれていたとしてもほんの数件だったり、点数も結構低かったりするんです。

食べログというのは、「(飲み会やデートの場に設定された店の評価が)3点以下は理由がほしい」なんてどこかで言われたりするように、多くの人にとっては、集合知に裏打ちされた情報によって、安心できる店選びをするためのツールです。

安心できる、という言葉を解体すれば、食べログの点数の評価基準となっているコストパフォーマンス、味、雰囲気ということになるのでしょうが、その3点を皆でいかに価値共有できるかどうかに重点をおいて、調べたり投稿したりしているんだと思います。

ですからまあ、古い酒場に行くような人は皆がいいと同意してくれる店を選ぼうだとか、それを共有しようとしないので、そもそも食べログにあまり書き込まないですし、逆に食べログのヘビーユーザーたちは、ただ切って並べた冷やしトマトやきゅうりの漬物に喜びを感じなかったり、所謂「汚い」居酒屋に不快感や居心地の悪さを持つ人もいたりするわけで、口コミが少なかったり点数が低くても仕方がないんです。

けれども私は「場」だとか、考古学をやるように歴史を辿るのを重きに置いて探してしまっているし、なんだかんだで作家や同志がコストパフォーマンスも味も雰囲気も大体保証してくれているので、食べログの点数なんて殆ど関係ない。同じようなものを好きな人の情報が重要なので、他の人の声は気にならないんです。

ですから、たまに「こんなものでこんな料金を取るなんて信じられない!」なんて口コミが書かれていたりして、点数は2.7点なんて店でも「まあ理由は分かりますが、そういう人も居るでしょう」という感じでさらっと受け流すことができます。

皆の意見を気にしたり、参考にして、安心できる暮らしをするのもある種の戦略かもしれませんが、信用できる人の声だけ聞いて生きてみても、意外と自分にとっては充実した人生を過ごせると私は思います。たとえ見える世界を狭くすることになろうとも。