読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

深夜の寿司の背徳感

無性に寿司を食いたくなる時がある。口に入れた途端に広がる、あの生魚の味と触感、飲み込んだ後に鼻に抜ける匂いを欲しているのである。そんな気分の時に限って、夜の11時を超えているので店探しに苦労する。


なぜなら、ちゃんとした寿司屋というのは、店を閉めるのが早いからだ。しかも、お酒を飲める店でないといけないので、行くところがかなり限られる。本当は寿司をやるなら、飲まずに眈々と食べ、ささっと失礼したいところなのだが。

寿司屋は飲み屋ではないのだ。例えば銀座の寿司屋「すきやばし次郎」でお酒を飲む人は殆どいないという。職人の握りを堪能するため客は店に足を運ぶのであって、飲んでベラベラと喋るのの繋ぎに出される寿司は無い。今でも下町の頑固親父のいる寿司屋なんかでは、素面でないと客を店に入れてくれなかったりする。


しかし、深夜とあらば例外だ。長い仕事を終え、すぐにでもビールを流し込みたい気分だったり、一次会二次会と結構飲んで、飯粒と日本酒でやりたい気分であったりするから仕方が無い。だから飲める寿司屋を探すことになる。

そうすると私は大抵、歌舞伎町のある寿司屋に入りたくなる。寿司屋なのに生臭い匂いがしない清潔な店で、いつ行っても適度に2人組の客が入っているような、心地良い混み具合が気に入っている。広い店内にカウンターが8席、テーブル席が2つほど余裕を持って置かれており、私は必ずカウンターに座る。この店では、寿司を下駄ではなく大きな絵皿の上に乗せてくれる。この絵皿は鮮やかで美しいのだが、それゆえにどうも海老だとか雲丹だとか、豪華なネタを乗せたくなってしまう魔物的なところがある。先ずは切り身を幾つか、そして握りをいった後、とろたくなんかの巻物で〆る。


そうやって深い時間に豪勢な寿司を味わうのが、なんだか後ろめたさがあって、また乙なのである。もしかするとこういう寿司が1番旨いかもしれない。